2012年01月21日

残酒処理 〜 侍士の門 〜

今夜のお供は、鹿児島は大久保酒造の「侍士の門」。
侍士で"さむらい"と読ませるらしい。

なんでも、米麹に白玉米という現代では作られなくなっている品種を、わざわざ154年ぶりに復活させて栽培したものを使っているらしい。よくみると、パッケージには下町のナポレオンよろしく、「薩摩の皇帝」と書いてある。薩摩と書いて"いも"と読むらしい。そういうセンス、嫌いではない。
それにしても國名を酒呼ばわり。筋金入りと言えるだろう。


image-20120121005916.png


さて、この侍士の門。実はいわゆるプレミアム焼酎に数えられている。
森以蔵や兼八ほどではないにせよ、購入本数に制限が加えられる程度には希少性がある。


その、貴重な酒を何故こんな何でもない日に一人さみしく傾けているのかというと、残飯処理ならぬ残酒処理である。年末年始の宴のおこぼれにいまだにあずかっているというわけだ。

そもそも、父親がお歳暮で戴いたもの。
それを、父親のパソコンの面倒を見た褒美として与えられた。
そしてそれを、お正月に毎年我が家で友人を集めて開催している新年会で振舞った。

その、残酒を今楽しんでいるところだ。
実は、今日初めて口にしている。

お正月には20人ほど集まってきて、方々で好きなお酒の栓が抜かれるため、用意したお酒の全てに口をつけられない。逆に、皆が後先考えずに次つぎと開栓してしまうがために、こうして余りが出る。
まさにおこぼれ頂戴。


さて、この酒。美味しい。

芋の味がしっかりとどっしりと来る。流石は薩摩のいも。
それでいて、この酒は芋臭いのにありがちな尖った口当たりがない。
あくまでまろやかに立ち上がってくる。なのに、口の中にしっかりと芋の印象を残す。
余韻が長いのだ。一口の余韻が一分以上かけてゆっくりと溶けて行く。

だから、一口含んではゆっくりと味わいを愉しめる。
こうして、くだをまきながら呑むには最適な酒だと言える。
本を読みながら呑むにもすごく良いだろう。

ゆっくりと時間をかけて、過ぎゆく時を愉しむ・・・そんな酒だと思う。


もう一杯飲みたい・・・というあたりで丁度なくなってしまうのが残酒の悲しい所。
流石にこの後を任せられる酒は今はウチに無いなぁ。


そして、まだしばらくは残酒生活だ。

明日は何を飲もうかな。
posted by ぷぃぷぃ虫 at 01:00| Comment(0) | くだまき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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